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Re: 『葛城事件』のmixi談義の編集採録です。

 投稿者:ケイケイ  投稿日:2017年 2月18日(土)09時47分50秒
返信・引用
  > No.9178[元記事へ]

めっちゃ楽しげに話していますね。
あんな悲惨な作品なのに(笑)。

子供が殺人犯になるとまではいかなくても、自分と重ねる人も多い作品だと思います。
登場人物たち一人ひとりに、厳しいながらも心を寄せて描いていたのが、深く心に残っています。
思わず自分を振り返らせる作りも、秀逸でした。
アップ楽しみにしています。
 
 

Re: ちょこっと、くれますよ(笑)

 投稿者:ケイケイ  投稿日:2017年 2月18日(土)09時39分24秒
返信・引用
  ヤマさん、おはようございます。
昨夜はパソコンが不具合で、リカバーで夜中までかかり、根不足です。
人生は初のリカバーでしたが、動いているんで、OKかな?(笑)。

> 今年は渡すってのじゃなかったけど、夕食後の食卓に
> いつものコーヒーと共に出て来ましたよ。

私は仕事帰りに、なんばに寄って買ってきました。
ちょっとしたのは、お値段張るんですよねー。
今年は美味しくて手ごろな値段があって、助かりました。

> うちは隣に、おふくろが住んでいるんで、そちらからも来ますが、
> 今年は二日遅れの16日でした(笑)。

やっぱり母(笑)。

> 僕が外から持ち帰った生チョコは、妻と分けていただきました。

うちは14日は仕事休みで、今年はホワイトデーのお返ししなくていいなと思っていたら、
翌日貰ってきておりました。
他の同僚男性と合わせて、お返ししているんですが、買いに行くの私なんですね(笑)。
「奥さん、センスいいね~」と毎年褒めて貰うそうで、有難いのですが、プレッシャーです。
 

『葛城事件』のmixi談義の編集採録です。

 投稿者:ヤマ  投稿日:2017年 2月18日(土)09時15分53秒
返信・引用
  ケイケイさん、こんにちは。

明日の拙サイトの更新で、参照テクストとしてリンクアップしようと思っています。
こちら↓を参照して、いつものようにご確認願います。
http://www7b.biglobe.ne.jp/~magarinin/2016j/36-1.htm
加除修正個所がありましたら、事前でも事後でも結構ですので、ご連絡くださいね。

http://www7b.biglobe.ne.jp/~magarinin/index.html

 

ちょこっと、くれますよ(笑)

 投稿者:ヤマ  投稿日:2017年 2月17日(金)21時54分26秒
返信・引用
  > No.9176[元記事へ]

ケイケイさん、ミノさん、こんにちは。

 > アタクシは欠かさず渡しておりますが。
 > どうなんやろ?渡しませんかね?
 > ヤマさんに聞いてみよう(笑)。

今年は渡すってのじゃなかったけど、夕食後の食卓に
いつものコーヒーと共に出て来ましたよ。

うちは隣に、おふくろが住んでいるんで、そちらからも来ますが、
今年は二日遅れの16日でした(笑)。

僕が外から持ち帰った生チョコは、妻と分けていただきました。

http://www7b.biglobe.ne.jp/~magarinin/index.html

 

Re: わ~間が空いてしまった!

 投稿者:ケイケイ  投稿日:2017年 2月16日(木)22時50分12秒
返信・引用
  > No.9175[元記事へ]

ミノさん、こんばんは。

> 今日は遅番です。あったかくなってきましたね。おとといは、真冬だったのに・・

暖かくなって寒くなって、また暖かく。
実に三寒四温ですな。春が近づくと眠いですねー。

> 褒めていいです。てゆうか、夫婦生活長い人って、チョコ渡すの??

アタクシは欠かさず渡しておりますが。
どうなんやろ?渡しませんかね?
ヤマさんに聞いてみよう(笑)。

> ケイケイさんは、女兄弟ばかりだし、わかりにくいと思うけど、女にとって、息子って、よく
> 「最後の恋人」っていうじゃないですか。
> これ、人によって程度の差こそあれ、すごくありますよ。
> 私は息子はいないからわかんないけど、私の実母の、私と兄への態度とか、声の違いって、小さい頃から
> 私はすごく感じてましたし、今でも、私と話していて、兄から電話がかかってくると急に声のトーンが
> (笑)

これね、男女両方いてるお母さんが、同じ事言ってましたね。
断然息子が可愛いと。母親の性(さが)だそう。
私は息子ばっかりなんで、可愛い=子供だからと思いがちですが。

> まあ、義姉がいるから手が出せないんでしょうけど。
> いっつも実家に寄った時に晩御飯を食べていくように奨めても、兄は姉が待っているからと食べずに帰るのですが、その時の悲しそうな顔・・結構今でも娘の私はどんびきです。(笑)

それ普通だと思いますよ。
私も同じ状況の時、ちょびっとですが、寂しいもん。
まぁちょっとだけですが(笑)。
案外兄嫁さんが、ご飯食べてきてもらった方が、楽のような気もします。

> く、黒いわ~
> でも、際立ちますよね。余計に。
> でも、生臭さとかエロスって生きる源泉ですからね。健全です。

そうそう!
町子は健全で健康なんですよ!
だから、婚約だけで未婚だったわけだし、他に男性見つけてもいいんですよ。

> あのまま、長生きしたらかえって酷かなあ・・って感じですね。
> 生き延びるために、いろいろとしたくないこともしないといけないしね。

私もあの状態なら、死ぬ方を選びますね。
息子がエスコートだしね(笑)。

> 娘の生霊とも喧嘩しそうな気がする。
> いやほんまに。

昨日見た「たかが、世界の終り」でも、母と娘がビシバシ言い合ってましたよ(笑)。
でもここの家は、末っ子が娘で、上は兄二人だから、また状況が違います。
家族と言うのは、厄介で愛おしいもんですね。
 

Re: わ~間が空いてしまった!

 投稿者:ミノ  投稿日:2017年 2月16日(木)09時44分31秒
返信・引用
  > No.9174[元記事へ]

ケイケイさん おはようございます。

今日は遅番です。あったかくなってきましたね。おとといは、真冬だったのに・・


> アタクシも昔は生チョコ作ったりしておりましたが、結婚35年目ともなると、夫にチョコをプレゼントする自分を、褒めてやりたい気分です(笑)。

褒めていいです。てゆうか、夫婦生活長い人って、チョコ渡すの??

>> あっ、それは私も(笑)。
> 明朗で、ちょっとやんちゃで、可愛い次男坊だったですよね。

うん、夫がお迎えに来ても拒否るけど、あの子なら喜んでついていくお母さん多いんちゃうかな?


ケイケイさんは、女兄弟ばかりだし、わかりにくいと思うけど、女にとって、息子って、よく
「最後の恋人」っていうじゃないですか。
これ、人によって程度の差こそあれ、すごくありますよ。
私は息子はいないからわかんないけど、私の実母の、私と兄への態度とか、声の違いって、小さい頃から
私はすごく感じてましたし、今でも、私と話していて、兄から電話がかかってくると急に声のトーンが
(笑)

まあ、義姉がいるから手が出せないんでしょうけど。
いっつも実家に寄った時に晩御飯を食べていくように奨めても、兄は姉が待っているからと食べずに帰るのですが、その時の悲しそうな顔・・結構今でも娘の私はどんびきです。(笑)


> 聖女みたいな彼女に、生臭い女を感じました。
> このショット、私には重要でした。

く、黒いわ~
でも、際立ちますよね。余計に。
でも、生臭さとかエロスって生きる源泉ですからね。健全です。

> でもこの辺の演出も、「父と暮らせば」と比べると、何か取ってつけたような感じがしました。
> 黒疑惑、ますます増加(笑)。

そうなんですね。やはり少ししたら見ようかな?

> 同感です。息子のエスコート付だしね(笑)。
> 実際私も、あの場面なら、死ぬ方を選びたいな。

あのまま、長生きしたらかえって酷かなあ・・って感じですね。
生き延びるために、いろいろとしたくないこともしないといけないしね。


> あの嬉しそうな、華やいだお母さんの顔、まだ脳裏に残っています。
> この辺は私も息子持ちなんで、すごく共感しました。

娘持ちだと、これがね~.

娘の生霊とも喧嘩しそうな気がする。
いやほんまに。

http://satumaimo-satoimo.blog.jp/

 

Re: わ~間が空いてしまった!

 投稿者:ケイケイ  投稿日:2017年 2月14日(火)23時20分2秒
返信・引用
  > No.9173[元記事へ]

ミノさん、こんばんは。

> JKのヴァレンタインチョコ、50個作るの手伝ったりで、超バタバタしてて、乗り遅れてました~。

アタクシも昔は生チョコ作ったりしておりましたが、結婚35年目ともなると、夫にチョコをプレゼントする自分を、褒めてやりたい気分です(笑)。

> うん、旦那様の「あちこち痛いウジウジ訴え」は、かなりストレスでしょう!うちの父もそれで、母はノイローゼ気味でした。(爆)聞き流すことが出来る人でないとかなり辛いようですよね・・。耳栓、プレゼントしましょうか??

受け流し過ぎると、いつまでも同じ事の繰り返しなので、時々噴火する事にしています(笑)。
耳栓は、必要ない言葉だけスル―出来るのを希望です(笑)。

> この映画、お話で聞いた時は、何だか「マザコン映画だなあ」って感じでしたが、観たら、そんなでもなかったです。

うんうん、マザコンと言う感じじゃなかったですね。

> まあ、それほど、人におすすめ!というほどの驚きとか面白さのある映画でもありませんでしたは、観終わったら、ニノが好きになってました。(笑)

あっ、それは私も(笑)。
明朗で、ちょっとやんちゃで、可愛い次男坊だったですよね。

> とまあ、割りと素直に見た私がケイケイさんの感想を読んで・・うひゃあ~( ゚Д゚)
> ク、黒い!!
> ケイケイさんのレビューが・・

ほとんどの人が、ミノさんみたいに真っ当に真っ白に観てますよ(笑)。
でも今回ね、黒く観たから、面白かったんやな~これが!

> だからこそ、彼女の結婚を祝うとともに、悲しむのだと感じました。
> これでもう、本当に息子は、いなくなってしまうのだと。

> 彼女が、自分と共に、息子の思い出を共有し、彼女の時も止めてくれている限り、息子は生きているような気がしたけど、彼女が歩みを進めてしまえば、もう息子は本当に死んでしまったものになりますもんね。
> でも、彼女を責めることもできないし、そうしなかった伸子はえらかったと思いますよ。
> 私だったら、責めちゃってたかもしれない。

この辺はすごーく身につまされました。
若い町子には、未来があるから、浩二との事も思い出に変えられるけど、
お母さんはそうはいかない。
永遠に忘れたり、思い出には出来ませんから。

> なるほどねえ~。そうかもしれませんねえ。私は見ている最中は全然そう感じませんでしたが、拝読して、あ、そうかも、と思いました。

いやに艶かしく、町子のふくらはぎを撮るなぁと思ったんですよ。
聖女みたいな彼女に、生臭い女を感じました。
このショット、私には重要でした。

> 生き残った人々の罪悪感というのは、原爆であれ、事故や天災であれ、強烈なようですよね。
> 何より、それに苦しむと聞きます。
> そこから逃れるために、人はどんなことでもするのですよね。
> でも、決してそれは「自分のために」やっていることであっても、悪いことではないですものね。

ここは仰る通りですね。
でもこの辺の演出も、「父と暮らせば」と比べると、何か取ってつけたような感じがしました。
黒疑惑、ますます増加(笑)。

> 息子、子供を亡くした人と、恋人を亡くした人(そして、まだ若い)は、いつまでも同じ場所で抱き合うことは不可能だし、不健全だと思います。
> でも、しばし、慰め合い、別々の道をゆくのが、人なんだと思います。

そう!それが正しいんです。
それがわかる聡明な母だから、苦しいんでしょうね。

> 伸子の年齢、境遇では、この世に残るより、息子と同じ場所に行く方が幸せだろうと感じましたね。

同感です。息子のエスコート付だしね(笑)。
実際私も、あの場面なら、死ぬ方を選びたいな。

> お話しを最初に聞いた時、なぜにニノは、恋人の前に現れず、母ちゃんの前だけ?マザコンか??と思いましたが、恋人の前には、辛くて現れることが出来なかったのですね。
> いつまでも縛るのも・・って思いますしね。

縛ってはいけないと言う気持ち、あったでしょうね。
これが妻だったら、違っていたと思います。
独身の子に取ったら、やっぱり戻るのは親なんだと思います。

> それにしても、あんなおしゃべりで可愛い息子の亡霊なら、ずっといて欲しいものですよね。

あの嬉しそうな、華やいだお母さんの顔、まだ脳裏に残っています。
この辺は私も息子持ちなんで、すごく共感しました。

> 「父と暮らせば」は、もうちっとシリアスかなあ。
> 悲しい映画って、今は見たくないんですが。

シリアスだけど、ユーモアがありますよ。
深い感動も。
哀しいだけじゃないしね。
今の心境がそうなら、もう少し時間が経って観た方が、味わい深いかもしれません。
 

わ~間が空いてしまった!

 投稿者:ミノ  投稿日:2017年 2月13日(月)20時31分19秒
返信・引用
  ケイケイさん、ヤマさん
こんばんは!

JKのヴァレンタインチョコ、50個作るの手伝ったりで、超バタバタしてて、乗り遅れてました~。


ケイケイさん

うん、旦那様の「あちこち痛いウジウジ訴え」は、かなりストレスでしょう!うちの父もそれで、母はノイローゼ気味でした。(爆)聞き流すことが出来る人でないとかなり辛いようですよね・・。耳栓、プレゼントしましょうか??


「沈黙」に関して、いろいろと拝読。
細かくレスするほどのマメさが欲しい・・。


ところで、せんだって話が出た「母と暮らせば」。
たまたま見る機会がありました!

この映画、お話で聞いた時は、何だか「マザコン映画だなあ」って感じでしたが、観たら、そんなでもなかったです。

まあ、それほど、人におすすめ!というほどの驚きとか面白さのある映画でもありませんでしたは、観終わったら、ニノが好きになってました。(笑)


そして何より、浩二を懐かしむ相手として、町子以上の人はいなかったはず。
伸子にとって、町子は愛憎の対象ではなかったか?

他方町子はどうでしょう?自分だけ生き残った事にショックは大きかったものの、友人の母の言葉で、一生罪悪感を背負わなければと思い込む。多分世間にも、そういう厳しい目を感じていたはず。無意識に婚約者の「哀れな母親」を大っぴらに世話する事で、自分を責める世間の目から、隠れ蓑にしていたのでは?

とまあ、割りと素直に見た私がケイケイさんの感想を読んで・・うひゃあ~( ゚Д゚)
ク、黒い!!
ケイケイさんのレビューが・・

>そして何より、浩二を懐かしむ相手として、町子以上の人はいなかったはず。

それはそうだと思います。
恋人と母、立場は違えど、同じ一人の男性を愛して、亡くした同士です。


>伸子にとって、町子は愛憎の対象ではなかったか?


これももちろん、そうだと思います。
同じ現象で、子供を亡くした母と、生き残った子。
その子は生きて時を進めていくけど、自分の息子は、もう時を刻めない。
この悔しさは全ての母が持つ自然な感情だと思います。
だからこそ、彼女の結婚を祝うとともに、悲しむのだと感じました。
これでもう、本当に息子は、いなくなってしまうのだと。

彼女が、自分と共に、息子の思い出を共有し、彼女の時も止めてくれている限り、息子は生きているような気がしたけど、彼女が歩みを進めてしまえば、もう息子は本当に死んでしまったものになりますもんね。
でも、彼女を責めることもできないし、そうしなかった伸子はえらかったと思いますよ。
私だったら、責めちゃってたかもしれない。



>無意識に婚約者の「哀れな母親」を大っぴらに世話する事で、自分を責める世間の目から、隠れ>蓑にしていたのでは?

なるほどねえ~。そうかもしれませんねえ。私は見ている最中は全然そう感じませんでしたが、拝読して、あ、そうかも、と思いました。

生き残った人々の罪悪感というのは、原爆であれ、事故や天災であれ、強烈なようですよね。
何より、それに苦しむと聞きます。
そこから逃れるために、人はどんなことでもするのですよね。
でも、決してそれは「自分のために」やっていることであっても、悪いことではないですものね。


>仏壇を前に流す伸子の涙は、万感の戦後が一区切りついた、そんな涙ではなく、悔し涙だったと>思います。町子は戦争に区切りをつけるのに、伸子の戦争は、まだ終わらないのです。

息子、子供を亡くした人と、恋人を亡くした人(そして、まだ若い)は、いつまでも同じ場所で抱き合うことは不可能だし、不健全だと思います。
でも、しばし、慰め合い、別々の道をゆくのが、人なんだと思います。

伸子の年齢、境遇では、この世に残るより、息子と同じ場所に行く方が幸せだろうと感じましたね。

お話しを最初に聞いた時、なぜにニノは、恋人の前に現れず、母ちゃんの前だけ?マザコンか??と思いましたが、恋人の前には、辛くて現れることが出来なかったのですね。
いつまでも縛るのも・・って思いますしね。

それにしても、あんなおしゃべりで可愛い息子の亡霊なら、ずっといて欲しいものですよね。

「父と暮らせば」は、もうちっとシリアスかなあ。
悲しい映画って、今は見たくないんですが。

http://satumaimo-satoimo.blog.jp/

 

Re: 破門されてきましたか?(笑)

 投稿者:ケイケイ  投稿日:2017年 2月 5日(日)10時29分15秒
返信・引用
  > No.9171[元記事へ]

ヤマさん、おはようございます。

破門はされず(笑)。
昨日は三男も休日出勤で、しめしめ、内緒で映画観て来ようと思っていたら、
三時頃帰ってくると言ってた三男が、12時帰って来てしまいました(笑)。
今日は誰も止めないと思うけど、雨が降って寒いし、もういや(泣)。

> ソクーロフの『太陽』ですね。拙日誌も綴ってます。

私も観ました。
映画の内容はあんまり覚えていませんが、尾形の演技は脳裏に残っています。
これってすごい事ですよ。
オスカーは、何で今回彼を無視したのか、作品もですけど、ちょっと腹が立ちます。
ヒューも無視されたし!

> 僕も長年観てきましたから、この作品ではもう違和感を覚えませんでしたが、
> あれはベルトルッチの『ラストエンペラー』だっけかなぁ、違和感ありまくりで閉口した覚えが…(笑)。

私はいつからかなぁ。
もう様式美だと思って観ればいいかと(笑)。

> 「この辺は、わかり辛かったです」とのレスをいただいていたので、何かなと思っていたのですが、
> やはり外国語が達者な信徒農民たちより更に達者な筑後守という際立ちを見せるためというなら、
> よく分かります。付箋は「伏線」の変換誤りだったんですね。

すみません、付箋の件はお察しの通りです<(_ _)>。
「わかり辛い」のところは、私のお返事の仕方が悪かったですね。
私はイノウエが転びだと認識して見ているので、この演出でも上記の想起が出来ましたが、
そうではない人には、イノウエ=転びとは、わかり辛いと言う意味で書きました。
日本でもそうですから、アメリカでは日本は江戸時代からみんな英語が喋れたんだなと、きっと思っていますよ(笑)。
私たちも外国映画を観て、この手の間違いをしているんでしょうね。
 

破門されてきましたか?(笑)

 投稿者:ヤマ  投稿日:2017年 2月 4日(土)23時37分43秒
返信・引用
  > No.9170[元記事へ]

ケイケイさん、こんにちは。

 >今回時代が下ってイッセー尾形をキャスティングしたところに、
 >映画の世界もグローバルになったと、私は見たんですが。
 >なんせ、昭和天皇を好演した人だし。あれはロシア映画でしたね。

ソクーロフの『太陽』ですね。拙日誌も綴ってます。
http://www7b.biglobe.ne.jp/~magarinin/2007/18.htm

 >ハリウッドはどんな作品でも英語で喋らすから、この作品では、もう違和感はなかったです(笑)。

僕も長年観てきましたから、この作品ではもう違和感を覚えませんでしたが、
あれはベルトルッチの『ラストエンペラー』だっけかなぁ、違和感ありまくりで閉口した覚えが…(笑)。

 >農民が意思の疎通が出来るほど会話出来る設定は、ちょっとやり過ぎかと思っていました。
 >それが、井上が通訳を制して喋り出した時、農民より遥かに堪能に会話していたでしょう?
 >農民よりもっと高度に英語を習得する場は、日本に置いては宣教師が先ず考えらるはず。
 >鑑賞後、井上が転びの表現がなかったなと思っていましたが、後から考えて、間接的に
 >英会話が農民たちより遥かに堪能=深くキリスト教を学ぶ、的な表現かな?と想起しました。

この談義の一番最初(1月29日(日)23時48分57秒)に僕が書き込んでいる
「彼が転び伴天連であることは、映画では直接語られてはいませんでしたが、
半端な信者以上に耶蘇教への理解が深そうなことは、その達者な外国語からも
その話している内容の深さからも察することのできる描き方でしたね。」というのと同じ趣旨なんですね。
「この辺は、わかり辛かったです」とのレスをいただいていたので、何かなと思っていたのですが、
やはり外国語が達者な信徒農民たちより更に達者な筑後守という際立ちを見せるためというなら、
よく分かります。付箋は「伏線」の変換誤りだったんですね。

http://www7b.biglobe.ne.jp/~magarinin/index.html

 

今日は映画館へ行くぞ!

 投稿者:ケイケイ  投稿日:2017年 2月 4日(土)10時25分0秒
返信・引用
  > No.9167[元記事へ]

ヤマさん、ミノさん、おはようございます。

>ミノさん

> ケイケイさん、夫婦ともに大変でしたねえ。
> 旦那様を責めないでね(笑)

夫婦とも20年ぶりくらいですよ。
今まで息子たちの誰かがなっても移らなかったので、罹らないだろうと、箍を括っていたのが悪かったです。
夫は責めておりません。この件は仕方ないので。
だがしかし!還暦過ぎてから、更年期のおばちゃんも、こんなに言わんやろうと思うくらい、
不定愁訴が多いです。交通事故に遭ってから一層加速。鬱陶しい事、この上ないです。
元々愚痴とボヤキが多いタイプで、姑さんの老化の様子に似ています。
でも姑さんより10年早い(笑)。この先戦々恐々です。

> 私は、明日出勤なので、今日は振替休日です。本当に久々に、穏やかな日差しの時間に家にいます。

仕事休みの一人だけの家ほど、良い居場所はないですよねー。

> あ、どうでしたっけ?
> なんか、嫁、刀を懐に入れるとか言って、入れてたでしょ?あの時、ロザリオ仕込んだのかな?と。違うかも・・あの嫁、無表情すぎてよくわかんなかった(笑)

黒沢あすかは芝居巧者なので、あの手の芝居は上手かったです。
能面でいてくれたから、ロドリゴも、自分なりの安息を見つけられたかも?
その能面が、一瞬驚いたから、そうだったのかなと。

> スコセッシが、インタビューに答えているのを見ましたが、テーマは大きく、「異文化摩擦」とのこと。
> トランプ政権への移行を意識してか?異文化の排除、異文化を知らないことによる、暴力の増強、そのへんを語っていました。

制作当時の意図に、アメリカが追い付いてしまったと言う。哀しいねぇ。

> そうそう。すごくよかった!
> 彼をもう一人の主人公にして、対立軸にした物語を見たかったなあ。
> 守りの立場と攻めの立場で。

> そうですね。最終的には相互扶助の図になっていましたね。
> キリストとユダの図式なのかしら。

うんうん。監督もキチジローはユダを想定しているって、書いてました。

そうですねえ~。

> 信仰と、宗教組織の活動は、全く別のものですもんね。

私が仕えて一番好きだった先生は、5歳くらい年下の男性医師だったんですが、その先生が無宗教で神を信仰している、みたいな事仰っていました。
基本的にはキリスト教かな?でも診察室には、マリア像の横に、インドの神々のポスターもあってね(笑)。
だいぶ変わった先生でしたが、すごく心が純粋で強い方でした。
特別活動もせず、医学を通して、生き方の啓蒙みたいなのはしてらっしゃいました。
色々な意見はあるけど、別に教祖になるわけじゃなく、お布施も求めないなら、これはこれで有りだと思います。
先生の人柄が好きだからと、通っている患者さんもいましたから。

> ほんと、どの時代にも、生き抜くのに、リテラシーが一番大事。

本当にそうですね。
情報操作や流言飛語の惑わされる事無く、しっかり見極めなくちゃね。
これもネットの功罪ですね。

> 友達で、キリスト教徒になり、神父さんの嫁になり教会に住んでる子がいるのですが、話していると、やはり、キリスト教徒って、一つの神との契約なんだな、と感じました。
> 一社としか契約できないっていうような。だから、「他の神の名は呼んではならない」「この神と契約すれば、救われる」っていうようなニュアンスを強く感じましたね。

そのお友達、信徒としては理想なんですかね?
趣味を仕事にしたらしんどいけど、これは究極の神への誓いなのかな?
他の神の信じてはいけない、と言うのは、宗教的には多いかな?
私なんか、神さんは神さんなんで、みんな貴いと思ってしまうんですが。

> それって、「付き合うのは一人の男」みたいな概念ですよね。

それならあらゆる変遷が必要ですよね。

> イノウエさんと、ロドリゴの会話の中で、「一夫一婦制」談義があったように、これって、日本古来の文化との衝突で、スコセッシがいう「culture friction」(だっけな)までの、根深い文の違いから生まれてくる違和感なのかも。

確かにキリスト教の教義は、昔の日本には根付きにくかったでしょうね。
でもそれは上位層と言うのが、的確では?
当時の日本は、士農工商と、身分の区分があったのに、それが神の子で平等と説かれるのは、すごく困った事だったと思います。私は政府がキリスト教を嫌ったのは、ここが一番かな?と思います。

> 私が例えば、欧米生まれであれば、これほど、宣教師側の行動に違和感を覚えなかったと思いますもん。(もちろん、幕府のやってることに共感はしませんが)

こうやってお話していると、私が布教の様子にそれほど違和感を持たなかったのは、私自身、血は日本、骨は韓国と言う風に、二つの国の狭間に生きているからなのかと、思い到ります。

>ヤマさん

昨日は五日目で、思い切り寝ました。昨日の夜もぐっすりでした。
今年は熱が出ませんよ。でも症状は普通のインフルと同じで、関節がバリバリいいます(笑)。

>観客代表みたいな感じで驚いている表情だった気がするしね。

何をびっくりしてるんやろ?と思いましたよね。
そして、また、すーと無表情になる。
一瞬で思いを巡らせたんでしょうね。
賢い妻ですよ。あそこで騒ぎ立てたら、自分も罪に問われるし、このまま見送れば夫も本望でしょうし。

>日本人の遠藤が、何度も何度も神を捨てながらも、
結局は棄て切ることのできない日本人キチジローを描いていたことに驚き、
おそらくは感銘を受けたに違いないスコセッシが、

あぁなるほど。スコセッシの苦節28年を支えたのは、実はキチジローだったんですね。
だから、観客にも彼の存在が深く届くわけですね。

>本作での描き方を観る限り、スコセッシは遠藤の描いた井上筑後守に強く魅せられたのだろうと思ってました。
そしたら、丸山さんから、最初は高倉健にオファーが来ていたらしいと知らされて、唖然(笑)。

これはあんまり囚われなくても、いいんじゃないですかね?
ハリウッドの監督ですから、当時なら「ブラック・レイン」で一躍アメリカで名を挙げたのが、健さんだったし。健さんがどういう立ち位置の人かとか、あんまり関係なかったんじゃないかなー。
今回時代が下ってイッセー尾形をキャスティングしたところに、映画の世界もグローバルになったと、私は見たんですが。なんせ、昭和天皇を好演した人だし。あれはロシア映画でしたね。

>信徒の達者な英語の件についての僕の観方は、ミノさんへのレスにも記しましたが、
この解釈の意味するところをもう少しくわしく教えてください。どんな意図を読み取ったんです?

ヤマさんと大体同じです。
ハリウッドはどんな作品でも英語で喋らすから、この作品では、もう違和感はなかったです(笑)。
お国の事情はそれぞれですから、まずは本国で当たって貰わないと困りますよね。
しかしそれにしても、農民が意思の疎通が出来るほど会話出来る設定は、ちょっとやり過ぎかと思っていました。
それが、井上が通訳を制して喋り出した時、農民より遥かに堪能に会話していたでしょう?
農民よりもっと高度に英語を習得する場は、日本に置いては宣教師が先ず考えらるはず。
鑑賞後、井上が転びの表現がなかったなと思っていましたが、後から考えて、間接的に
英会話が農民たちより遥かに堪能=深くキリスト教を学ぶ、的な表現かな?と想起しました。


 

薬で戻してる平熱に油断めさるな。

 投稿者:ヤマ  投稿日:2017年 2月 3日(金)20時47分47秒
返信・引用 編集済
  とはいえ、復帰おめでとう。
で、早速、ラストの十字架の件だけど、拙日誌にも綴っているように
「映画という視覚芸術の表現として人物の心象を画面に映し出した場面」として意味を持つ
と僕は思っているので、リアルの物として観てなかったなぁ。

もしリアルの物だとするなら、それがロドリゴの手の内にあるのは、
本人が握りしめ続けていたものを白装束に着替えさせるときに誰もほぐさなかったか、
棺桶に入れる際に誰かが握らせたかのいずれかになるわけだけれども、
今わの際までロドリゴが自分で実際に握り続けていたというのも実に妙だし、
そうなると、現象的に起こり得る可能性としては妻が握らせたと解するしかなくなると思う。

でも、妻が握らせたとするのなら、物語としてロドリゴと妻の関係をもう少し描いたうえでないと、
「なになに?そういう関係だったの? え?何それ!」って感じになって据わりが悪いと思う。
僕の印象としても、ケイケイさんが書いているように、
観客代表みたいな感じで驚いている表情だった気がするしね。
それに、棄教を表明し、司祭だった時分には許されてなかった妻帯までして、
それでも捨てきれなかった信仰の痕跡というものがロドリゴにあったわけだけど、だとすれば、
それこそは本当に、誰にも言えない内心として秘めた“良心の自由”だったと解するのが相当で、
「なんやぁ、嫁はんとしっかり懇ろになってこっそり信仰も分かちおうてたんやなぁ」と解さないと
筋の通らなくなる妻が握らせた説には、乗りがたい気がするなぁ。


◎ミノさん、

 >激しく共感です~

ありがとー!

 >うんうん、私も、転向のところで、アカとか官憲の取り調べみたいだな~って
 >思っていたことを思い出しましたよ。60年代に発表されたとなれば、重ね合わせられますよね。

でしょう? スコセッシはともかく、遠藤には間違いなくあった気がします。

 >キチジローのエピソードとか、原作にない追加は、やはり、私も違和感
 >スコセッシは、「信仰の敗北」は認めたくなかったのでしょう。
 >あれで妙に、宗教的プロパガンダを見せられたような気になった

それで言えば、僕は宗教的プロパガンダとは思わなかったんですよ。
むしろ、クリスチャンが三十年がかりの宿題を仕上げるうえでは、そここそが肝だろうと。
日本人の遠藤が、何度も何度も神を捨てながらも、
結局は棄て切ることのできない日本人キチジローを描いていたことに驚き、
おそらくは感銘を受けたに違いないスコセッシが、その遠藤の心を汲めば、
外国人宣教師のロドリゴの今わの際に神への想いがあったことを絵にして見せるのは
むしろ必然で、違和感も何もありませんでした。
だから、ラストに違和感はなかったのだけど、キチジローが隠し持っていた聖画の場面は、
あれが見つかることで、彼が引っ立てられる形での筋立てにまでなっていたので、
ロドリゴの十字架と違って「想いを絵にして見せた」では済まない形になっていたので、
映画的に違和感を覚えたし、原作の遠藤が
そういうあからさまな形でキチジローの信仰(といっていいのか)を描くはずがないと思ったのでした。

 >聞けば、あれほど、キリスト教を弾圧したのは、信者になり、連れていかれた日本人が
 >アジアに労働者として売り飛ばされたという説もあったりして、体制側も、過剰になったのかもしれません。

そういう説もあるんですか。知りませんでした。
そんな事実がなかったとは思いませんが、その事実が理由で弾圧したというのではなさそうな気がします。
売り飛ばされる前に殺してしまえってのも何かヘンだし(笑)。近ごろは自由歴史観などといった
“自由”に名を借りた“好き勝手な”歴史観が横行してますから、説としてあるというのは、さもあらんですね。

 >ペラペラ英語をしゃべりすぎ

これが引っ掛かった方は少なからずいた気がします。
僕も、外国語ができるのは、イノウエ様と通辞くらいのほうが作品的にはよかったと思います。
でもって、ポルトガル人なんだから、英語じゃないほうがね。
でも、この作品は興行に掛けるアメリカ映画なのだから、
優先市場のアメリカの観客向けに製作されることに文句をつけても難癖にしかならない気がします。
アメリカの観客ってすごく字幕を嫌うそうで(近頃は日本でもそのようですが)、
減らせる字幕をできるだけ減らそうと工夫したのかもしれませんね。
とはいえポルトガル語と言いながら、英語を聞かされることに違和感が湧くのも当然だし、僕もそうでした。

 >やはり現在も根付いてはいません

これについては、僕は何ともビミョーな感じを抱いてるなぁ。
「広く大勢に受け入れられるという意味」なら、むしろ受け入れられていると思うのですが、
真摯なる信仰となると非常に懐疑的にならざるを得ませんね。
そしてそれは、ことキリスト教に限らず、神道であれ、仏教であれ、
日本人に内省的な信仰が根付いているのかと問えば、否というしかない気がします。
他方で、験担ぎや縁起、忌みといったマージナルなものに目を向けると、
これまた誠に節操なく様々な宗教に関するものが、実に広く浸透している気がします。

 >「神の栄光のために、死んでしまう」ことは、ベクトルは全く逆

同感ですね。

 >キチジローは実にふつうで、別に何も悪くもない人間なのに、死ぬまで罪悪感に苛まれてましたね。
 >そういう罪悪感や良心の呵責を起こさせるような人を縛る宗教なり、束縛なり、愛情なり、なんであっても、
 >ほんと、忌避すべきだと思いますねー。

これについては、とてもデリケートなところがあって説明するのが難しいのだけれど、
僕は罪悪感だとか良心の呵責といった内省的なものを呼び起こすもの全てが忌避すべきものだとは思ってなくて、
“良心(内心)の自由”が保たれたなかで生じる内省はむしろ人間ならではのもののうち、
非常に高次なものだと考えてますね。だから、罪悪感や良心の呵責を起こさせるものが
忌避されるべきものだというのではなく、それがどういった形で起こっているのかのほうが重要なんです。
じゃあ、良心の自由が保たれているのか奪われているのかを何によって判じるかなんですが、これが実に難しい。
ロドリゴの棄教は、良心の自由が奪われた結果でしたが、死の間際に彼の心に神が現れていたのは、
宗教によって彼の良心の自由が奪われていたからだとは思えません。
あ、念のためですが、僕が“良心の自由”と言っているときの良心というのは、
いわゆる良い悪いの良いを意味する良心ではなくて、良い悪いを含めて物事を測ろうとする心の動きのことです。
拙日誌で敢えて「日本国憲法第十九条に保証されている“良心の自由”」と記したのはそれゆえで、
英語による原文で「conscience」と表記されていたもののことです。
「good conscience」でも「evil conscience」でもない「conscience」のことです。


◎ケイケイさん

 >現世で救われなければ、意味ないじゃないか

勿論それに越したことはないのですが、どこにも救いがないことに耐えられる人はいないのだと思います。
できれば、何とかして、現世のどこかに救いを見い出せればいいのですが、そうはできない人もいるわけですよ。
そういう意味では、『沈黙』に描かれた人々の現世の辛苦は理解しやすいとおっしゃるのはよく判ります。

 >「懐深い」

いい形容ですね。その懐の深さを作ったのがまさに他ならぬ信仰体験だったように思えるところが
この作品の懐の深さですね。原作の井上筑後守がどういう人物像だったのか最早、記憶にないのですが、
本作での描き方を観る限り、スコセッシは遠藤の描いた井上筑後守に強く魅せられたのだろうと思ってました。
そしたら、丸山さんから、最初は高倉健にオファーが来ていたらしいと知らされて、唖然(笑)。
スコセッシ、何を考えていたのだろうと矢庭に疑心暗鬼。
だって、イノウエ様の人物像は、健さんのキャラとは正反対とも言うべきものでしたよねー。
健さんをキャスティングした際の演出プランはどのようなものだったのだろう???

 >もしかして、井上が通訳を制して英語を喋り出した時の付箋だったかな?と、解釈しました。

信徒の達者な英語の件についての僕の観方は、ミノさんへのレスにも記しましたが、
この解釈の意味するところをもう少しくわしく教えてください。どんな意図を読み取ったんです?

http://www7b.biglobe.ne.jp/~magarinin/index.html

 

訂正

 投稿者:ミノ  投稿日:2017年 2月 3日(金)14時01分51秒
返信・引用
  >「culture friction」(だっけな)

→「culture clash」って言ってました。思い出しました。激しい単語使ってましたね。


気分転換に「幸せのあとしまつ」見に行こうかな?

http://satumaimo-satoimo.blog.jp/

 

ケイケイさん、復帰おめでとう~

 投稿者:ミノ  投稿日:2017年 2月 3日(金)12時14分43秒
返信・引用
  ケイケイさん、夫婦ともに大変でしたねえ。
旦那様を責めないでね(笑)

お元気になられたようで、一安心です。

私は、明日出勤なので、今日は振替休日です。本当に久々に、穏やかな日差しの時間に家にいます。

>これ、そうやったん?
> 私はロドリゴの亡骸を観た嫁が、一瞬凄いびっくりした顔して、そのまま蓋を閉じたので、何>があったのかと訝しく思ったんですよ。
>それがラスト、あれでしょう?

あ、どうでしたっけ?
なんか、嫁、刀を懐に入れるとか言って、入れてたでしょ?あの時、ロザリオ仕込んだのかな?と。違うかも・・あの嫁、無表情すぎてよくわかんなかった(笑)

ヤマさんに、聞いてみよう!

スコセッシが、インタビューに答えているのを見ましたが、テーマは大きく、「異文化摩擦」とのこと。
トランプ政権への移行を意識してか?異文化の排除、異文化を知らないことによる、暴力の増強、そのへんを語っていました。


> 造形もイッセー尾形の演技も、ともに素晴らしかったです。
不気味なのに近寄り難いでもなく、魅入られそうな風情だったので、総称して「懐深い」と書きました。

そうそう。すごくよかった!
彼をもう一人の主人公にして、対立軸にした物語を見たかったなあ。
守りの立場と攻めの立場で。



>とても重要だったと思うんですね。お互い救われた関係だったと思います。
>そういう思いが、「ありがとう」と言う言葉で、溢れたんだと思います。
> 私はすごく美しいシーンだと思いました。

そうですね。最終的には相互扶助の図になっていましたね。
キリストとユダの図式なのかしら。


>布教はあくまで領土拡大の下地であると。
戦争の言い訳にいまでも使われますしね。
そういう思いもあって、感想に私の宗教観も書きました。

そうですねえ~。
布教ってものはそもそもビジネスライクな拡大なので共感できないですわ。
信仰はパーソナルなものでいいと思いますしね。
まあ、当時のイエズス会とかの勢力分布からいうとそうも言うてられんのでしょうけど。

信仰と、宗教組織の活動は、全く別のものですもんね。

>以前「母たちの村」という、セネガルの女性割礼を題材にした作品を観ましたが、女性割礼は>コーランの教えと言う解釈で、広まっているのですが、コーランにはそんな事を書いていないそ>うです。割礼がなきゃ干上がってしまう人や、女性を虐げ黙らせたい卑怯な男性が、いいように>伝えて、信じ込まされているだけ。

ああ、そうなんでしょうねえ。解釈次第でどうとでも都合よく使えるだけに・・悪用もされますよねえ。弱い立場の子供女性が被害者になるのが、常ですよね。


> 事実を掬い取るリテラシーは、宗教にも必要なわけで。
これだけでも、カルト宗教は駆逐されると思うんですけど。

ほんと、どの時代にも、生き抜くのに、リテラシーが一番大事。

でも、恋愛って、一番リテラシーだの、常識だのが吹っ飛ぶ出来事だと思うんですが、神への信仰とか愛ってのが、キリスト教の場合、かなり恋愛感情への置き換えに近い感じがするんですよ。
ロザリオにキスとか、キリスト像へのキスとかも。恋愛中の異性に行う行動にとても似ていて、仏教文化の中で育った自分としては違和感を感じるというか・・
友達で、キリスト教徒になり、神父さんの嫁になり教会に住んでる子がいるのですが、話していると、やはり、キリスト教徒って、一つの神との契約なんだな、と感じました。
一社としか契約できないっていうような。だから、「他の神の名は呼んではならない」「この神と契約すれば、救われる」っていうようなニュアンスを強く感じましたね。

それって、「付き合うのは一人の男」みたいな概念ですよね。

映画の中で、繰り返し「betray」(裏切る)って言葉が出てきたでしょう?

これって、日本人がとらえている神との関係の中では決して出てこない言葉ですよね。
「裏切る」っていう言葉は、身内とか、友達とか、同僚だとか、そういう生きている者との関係性の中でしか出てこないと思うんですよね。良いとか悪いじゃなくて、そういう風に育っているでしょう。

イノウエさんと、ロドリゴの会話の中で、「一夫一婦制」談義があったように、これって、日本古来の文化との衝突で、スコセッシがいう「culture friction」(だっけな)までの、根深い文の違いから生まれてくる違和感なのかも。

私が例えば、欧米生まれであれば、これほど、宣教師側の行動に違和感を覚えなかったと思いますもん。(もちろん、幕府のやってることに共感はしませんが)

こうしてみると、宗教を図式とした二つの文化の接触の時の物語なんですねえ。
私自身が、これだけ文化摩擦起こしてるもん。(笑)

しかし、ほんまに、ヤマさんの言うように「人は、業が深い生き物」だと感じますわ・・




http://satumaimo-satoimo.blog.jp/

 

書き忘れ

 投稿者:ケイケイ  投稿日:2017年 2月 2日(木)16時51分58秒
返信・引用
  ミノさん

>亡くなった後、日本人の嫁が、こっそりロザリオを亡骸に入れるが、ロドリゴは沈黙を守り続けたが、一緒に暮らした嫁は、彼の信仰心が死んではいないことをくみ取っていたのだろう。

これ、そうやったん?
私はロドリゴの亡骸を観た嫁が、一瞬凄いびっくりした顔して、そのまま蓋を閉じたので、何があったのかと訝しく思ったんですよ。
それがラスト、あれでしょう?
なので、あの時ロザリオを観たけど、誰にも言わずに、持たせてあの世に旅立たせたんだなと、思っていたんですが。
ヤマさんに聞いてみよう(笑)。
 

平熱に戻りました

 投稿者:ケイケイ  投稿日:2017年 2月 2日(木)16時46分59秒
返信・引用
  ヤマさん、ミノさん、こんにちは。
絶賛インフル四日目、薬のお蔭で平熱です。
軟禁もあと一日です。

ヤマさん

>ケイケイさんがお書きの日々の生活に苦しんでいればこそ、
来世への思いに駆られるというのは、そのとおりだろうと思いますね。

以前仏教徒の人とお話していて(何宗か忘れた)、仏教では現世で辛くても、来世で幸せになれると思えば、現世でどんなに辛くても耐えられると仰るんですね。
当然私は納得出来ず、現世で吸われなければ、意味ないじゃないかと思いましたが、だいぶ年上の方なので、言わず仕舞い。
キリスト教的に、死ねば天国の方が、納得し易かったのは理解出来ました。

>映画日記にズバリお書きですが、長崎奉行井上筑後守、観応えありましたね~。

造形もイッセー尾形の演技も、ともに素晴らしかったです。
不気味なのに近寄り難いでもなく、魅入られそうな風情だったので、総称して「懐深い」と書きました。

>彼が転び伴天連であることは、映画では直接語られてはいませんでしたが、
半端な信者以上に耶蘇教への理解が深そうなことは、その達者な外国語からも
その話している内容の深さからも察することのできる描き方でしたね。

この辺は、わかり辛かったです。
私は信徒がペラペラ英語を喋るのを、いつものハリウッドの悪い癖と思っていたんですが、もしかして、井上が通訳を制して英語を喋り出した時の付箋だったかな?と、解釈しました。

ミノさん

>あと、最後の、キチジローのエピソードとか、原作にない追加は、やはり、私も違和感ありました。
スコセッシは、熱心なクリスチャンなので、やはり「信仰の敗北」は認めたくなかったのでしょう。
しかし、あれで妙に、宗教的プロパガンダを見せられたような気になった人は私だけではなかったような・・

私はあのシーンは良かったです。
ずっとキリスト教のお話と言うより、弾圧される一宗教の物語として捉えていたので。
キチジローが棄却した後もロドリゴを追い求め、「パードレ」と呼んだのは、キチジローの中では、ロドリゴ=キリスト教だったからだと思います。
キチジローにしたら、ロドリゴが生きていてくれる、それだけで良かったと思うんですね。
棄却した自分を追い求めるキチジローの姿は、ロドリゴに取っても、棄却を自分の中で納得させる上で、とても重要だったと思うんですね。お互い救われた関係だったと思います。
そういう思いが、「ありがとう」と言う言葉で、溢れたんだと思います。
私はすごく美しいシーンだと思いました。

>けば、あれほど、キリスト教を弾圧したのは、信者になり、連れていかれた日本人がアジアに労働者として売り飛ばされたという説もあったりして、体制側も、過剰になったのかもしれません。

そんな事もあったんですね。
布教はあくまで領土拡大の下地であると。
戦争の言い訳にいまでも使われますしね。
そういう思いもあって、感想に私の宗教観も書きました。

以前「母たちの村」という、セネガルの女性割礼を題材にした作品を観ましたが、女性割礼はコーランの教えと言う解釈で、広まっているのですが、コーランにはそんな事を書いていないそうです。割礼がなきゃ干上がってしまう人や、女性を虐げ黙らせたい卑怯な男性が、いいように伝えて、信じ込まされているだけ。

>そういう罪悪感や良心の呵責を起こさせるような人を縛る宗教なり、束縛なり、愛情なり、なんであっても、ほんと、忌避すべきだと思いますねー。

どんな宗教にも、光と影があるんじゃないですかね?
事実を掬い取るリテラシーは、宗教にも必要なわけで。
これだけでも、カルト宗教は駆逐されると思うんですけど。

 

インフルでした

 投稿者:ケイケイ  投稿日:2017年 1月31日(火)17時17分29秒
返信・引用
  熱が下がらないので、再検査したところ、インフルでした。
すみません、暫く落ちます。
 

絶賛発熱中(笑)

 投稿者:ケイケイ  投稿日:2017年 1月31日(火)13時25分55秒
返信・引用
  ヤマさん、ミノさん、こんにちは。

土曜日から夫がインフルで、私も昨日から発熱。
てっきりインフルだと思って検査して貰ったら、陰性でした。
しかし発熱は続行(笑)。
もう少し良くなったら、参加させて貰います<(_ _)>
 

激しく共感です~

 投稿者:ミノ  投稿日:2017年 1月30日(月)23時38分22秒
返信・引用
  おお~ヤマさん、拝読しましたよ!
うんうん、私も、転向のところで、アカとか官憲の取り調べみたいだな~って思っていたことを思い出しましたよ。
60年代に発表されたとなれば、重ね合わせられますよね。

あと、最後の、キチジローのエピソードとか、原作にない追加は、やはり、私も違和感ありました。
スコセッシは、熱心なクリスチャンなので、やはり「信仰の敗北」は認めたくなかったのでしょう。
しかし、あれで妙に、宗教的プロパガンダを見せられたような気になった人は私だけではなかったような・・


>彼が転び伴天連であることは、映画では直接語られてはいませんでしたが、
半端な信者以上に耶蘇教への理解が深そうなことは、その達者な外国語からも
その話している内容の深さからも察することのできる描き方でしたね。

しかし、彼が転向した元クリスチャンであるという情報はやはり欲しかったです。

かなり、一方的な、布教側からの物語に見えてしまってるからです。(私には)

聞けば、あれほど、キリスト教を弾圧したのは、信者になり、連れていかれた日本人がアジアに労働者として売り飛ばされたという説もあったりして、体制側も、過剰になったのかもしれません。

それと、この手の海外の映画の日本人はどうしてもみんな、ペラペラ英語をしゃべりすぎるんです。ご都合主義に見えて仕方ないです。(笑)
一体、いつそんなに英語力つけたんだよ?駅前留学でもしたのか~とか思っちゃいました。


>ミノさんのブログは非常に明快で、とても面白かったです。

あはは、私は、まあ、あまり極端な宗教とか信仰は苦手なんでしょうねえ。
フェネリア?でしたっけ。ニーアム・リーソンが演じてた宣教師。
彼が、「日本は沼地だから、キリスト教は根付かない」と言ってました。
沼地かどうかはともかく、私もそう思います。日本の風土に合うか合わないかというと合わないという感じがします。
根付く、というのが広く大勢に受け入れられるという意味で数値的に言うなら、やはり現在も根付いてはいませんから。


>僕は本作を宗教と信仰の映画として観るよりも、
>憲法第19条で保証されている所謂“良心の自由”について描いた作品として観ました。
> 「当然、後者でしょ!!」がままならない、宗教による教条なり戒律もまた
>“良心の自由”を奪うものに他ならない気がします。
>ジハードなんて忌避すべきものですよね~。

私も本当にそう思いますね~。
でも、この映画に描かれた図は、今の時代の人が見たら、自爆テロのムスリムを思い出すでしょう。
死んだ方が楽なくらいの辛い生活をしている人がいることは理解できます。
でも、「来世での神の国での幸福な生活」を糧に、辛い現世での生を生きしのぐことと、
実際に、「神の栄光のために、死んでしまう」ことは、ベクトルは全く逆だと思うのです。

宗教的な「魂の死」と「肉体の死」を分けた考えというのが、私はどうしても実感としてピンとこないんですよね~。
誰かのレビューで「オレなら5分で転ぶ」って書いてありましたが、フツーはそうですよね。
キチジローは実にふつうで、別に何も悪くもない人間なのに、死ぬまで罪悪感に苛まれてましたね。
そういう罪悪感や良心の呵責を起こさせるような人を縛る宗教なり、束縛なり、愛情なり、なんであっても、ほんと、忌避すべきだと思いますねー。

http://satumaimo-satoimo.blog.jp/

 

『沈黙-サイレンスー』、観ましたよ。

 投稿者:ヤマ  投稿日:2017年 1月29日(日)23時48分57秒
返信・引用 編集済
  ケイケイさん、ミノさん、こんにちは。

いつになくほぼ同時公開状況なのだから、遅れてはならじと早速観てきました。
でもって、速攻で映画日誌にして、先ほどアップしましたよ。
http://www7b.biglobe.ne.jp/~magarinin/2017/04.htm

僕の書棚には、狐狸庵もマンボウも生息していませんが、遠藤周作の本は14,5冊あります。
ケイケイさんがお書きの日々の生活に苦しんでいればこそ、
来世への思いに駆られるというのは、そのとおりだろうと思いますね。
映画日記にズバリお書きですが、長崎奉行井上筑後守、観応えありましたね~。
彼が転び伴天連であることは、映画では直接語られてはいませんでしたが、
半端な信者以上に耶蘇教への理解が深そうなことは、その達者な外国語からも
その話している内容の深さからも察することのできる描き方でしたね。

ミノさんのブログは非常に明快で、とても面白かったです。
僕は本作を宗教と信仰の映画として観るよりも、
憲法第19条で保証されている所謂“良心の自由”について描いた作品として観ました。
「当然、後者でしょ!!」がままならない、宗教による教条なり戒律もまた
“良心の自由”を奪うものに他ならない気がします。
ジハードなんて忌避すべきものですよね~。

http://www7b.biglobe.ne.jp/~magarinin/index.html

 

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