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今までもたまに帰ってこない朝はあったのだけれどそれが数日に及ぶなどということはなかったのだ。
おなかが減れば戻ってくる、、、、、飼い主に似ていたって解りやすい行動パターンの愚猫、おーちゃん、
しかし、もう三日、姿が見えない、、、、、、、・
糖尿よりくる衰えで2キロあるなしにまで痩せたあの身体では、三日と食べねばもつまいと思う。
あちこちと捜し、夜中玄関を開け放って待っていても姿は見えないのだ。
「いや、どこか親切な別宅にでもいるのでは?」
「ひょっこり、帰ってくるんじゃないか?帰ってきたら好物のパナメイ海老を蒸してあげよう」
と、無理無理に希望的に考えようとするのだが、時が経るにしたがって状況は暗い陰がどんよりと
私の心のうちに覆い被さってくるのだ。
正直言って「ああ、うっとおしい」と思う夜もあった。
いなければ、泊りがけで仕入れに行けるのに、朝ももっと早く露天に出かけることができるのに、
病院、ご飯、トイレ、年を重ねるにしたがって憂鬱なことも増えこのままではおしめを変えることも、と覚悟していた。
でも私のつらい時、苦しいとき、入院中もずっとやせ衰えつつも家で待っていてくれたおーちゃん。
どんなことがあっても看取ってあげたいと思っていたのに、
先週土曜日、朝一のご飯はあげても食べる事がなかったのだけれど
昼ごろ仕入れより戻ると、なぜか近来にないほど上機嫌の様子でご飯をねだったのだった。
???と思いつつもなまりぶしを小さくむしってお皿にあげようとすると
ずっと手に顔を近づけ、掌よりもそもそと食べていたのだった。
手から食べることのほとんどない、猫であったのだが。
その後、しばらく膝の上に乗ってきて、頭などを小突いていたり、ノドを掻かせたり
珍しいほどに甘えるなと思いつつ撫でられていた後、ふいっと、しっぽを振りながら
半ば開けていた玄関より、明るい外へと出て行ったのだった。
それが、最後の姿だった。
二十年、二十年の付き合いだ。
それが、この別れだ、
なんとも切ない、やり切れぬこと限りない、
ああもしてあげれば、写真も撮っておきたかった、、、、と悔いばかりだ。
ナニをしていても眼が耳が、姿を、気配を探している、
あそこは、よく寝ていた場所だ、そこできょとんと窓から外を眺めていたな、と。
やはり、この手で看取っていれば、と詮無いことばかり反芻している。
寝間に行くと、枕頭にかけっぱなしの軸。
べつにさまで好きだという訳でもないのだが、「アメニモマケヅ」
眺めるともなくずっと見ていて、なぜか
「アメユジュトテチテケンジャ」
「アメユジュトテチテケンジャ」
ああ、永訣の朝か。
中学の国語でやったな。
おーちゃんは、私の悲しみを少しでも和らげようと姿を消してくれたのかもしれないな。
バカな飼い主の思い込みかもしれないが、
ずいぶん、賢い猫であったから。
やせ衰え苦しむ姿を見せるに忍びなかったのかもしれない、
そうであっても、やはり寂しい別れではあるけれど。
せっかく黙って別れたのだもの、
ずっとどこかで、生きている、
ひょっこりもしかして、会えるかもしれないと思い続けておくこととしよう。
せめて、苦しまずに虹の橋を渡れたらと
わたくしの、すべてのさいわいをかけてねがう。。。。。
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